わいわいスタッフブログ

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2018年 09月 05日 ( 1 )
真言宗の古寺・結縁寺(けちえんじ)と、その近くにある頼政塚を訪ねました。
c0151691_22382977.jpegc0151691_22162619.jpeg台風一過、よく晴れ渡った定休日の一日。三女と連れ立って地元の史跡を訪ねました。我が家から車で5分ほどですから、地元の中の地元。真言宗の古寺・結縁寺(けちえんじ)と、その近くにある頼政塚が目的地です。印西市結縁寺と地名の由来にもなっている同寺は、奈良時代の創建と伝えられ、ご本尊の銅造不動明王立像は、国指定の重文です。静かな里山に佇む、日本昔ばなしに登場するようなお寺。裏山の竹林が台風の置き土産の風に激しくそよいでいました。
c0151691_22181155.jpegc0151691_22261640.jpeg平安末期、この地に源頼政の首が家臣によって密かに運ばれ葬られたという伝説があり、そのことを今に伝える頼政塚が結縁寺近くの竹林の中にひっそりと佇んでいるのです。のどかな結縁寺を後にして、その頼政塚へ。目指す頼政塚は、結縁寺から300メートルぐらい離れた竹林の中にありました。源頼政は、保元平治の両乱で勝者側、つまり平清盛側についた数少ない源氏の武将です。平家打倒を目指す一派の密議「鹿ケ谷の陰謀」にも加わらず、難を逃れた深慮の人。その頼政が齢77にして清盛に反旗を翻し、ついには敗れ宇治平等院の露と消えることになったのには、どんな理由があったのでしょうか。頼政塚は静かに佇み、何も語ってはくれませんでした。
c0151691_22192055.jpeg頼政塚を離れ、頼政の首を運んできた馬を祀った名馬塚へ。こちらは路傍に荒れ果てた状態で、往時を偲ぶことはできませんでした。
c0151691_22212022.jpeg続いて、頼政の後を追って入定したと伝えられる女性の入定塚へ。こちらは現在、熊野神社になっていて、近隣住民の方達が大切に守っていらっしゃるようでした。
c0151691_22222815.jpegこの秋、10月に拝見する能「鵺(ぬえ)」「頼政」にゆかりの土地が当地にあることを知り訪ねましたが、草深い農村に佇む史跡を自分の目で見られて、よい事前学習になりました。

小さな小さな旅10月「国立能楽堂 能を知る会」鎌倉能舞台、主催公演
とき/10月21日(日)
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by m_katsutadai | 2018-09-05 22:30 | Comments(0)

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