わいわいスタッフブログ

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2018年 09月 09日 ( 1 )
平清盛、誕生900年に当たる今年・・・ふたつの俊寛が上演されます。
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平安時代の後期、権勢を誇った平清盛(たいらのきよもり)。その誕生、永久6年(1118)から900年に当たる今年、ふたつの歌舞伎「俊寛」が上演されます。

まず、すでに今月歌舞伎座で上演中なのが、「歌舞伎座九月大歌舞伎」、夜の部の「俊寛 鬼界ヶ島の場」。そして、来月上演予定、「国立劇場 10月歌舞伎公演」の「通し狂言 平家女護島(へいけにょごのしま)」です。

平清盛の専横が高まる中、平家打倒の密議がおこなわれました。世に言う、「鹿ヶ谷の陰謀(しかがたにのいんぼう)」です。これが清盛の知るところとなり、密議に参加した丹波少将成経(たんばのしょうしょうなりつね・藤原成経)、平判官康頼(へいはんがんやすより・たいらのやすより)、そして、俊寛僧都(しゅんかんそうず)の3名は遠く薩摩国鬼界ケ島に流されてしまうのです。

流罪から3年、清盛が高倉天皇に嫁がせた娘・中宮徳子の安産祈願の大赦が出され、鬼界ヶ島にも赦免船が到着します。しかし、上使(じょうし)・瀬尾太郎兼康(せのおたろうかねやす)が読み上げた赦免状に、俊寛の名はありませんでした。嘆き悲しむ俊寛の前にもうひとりの上使、丹左衛門尉基康(たんさえもんのじょうもとやす)が現れ、丹左衛門尉が持つ書状に俊寛の赦免が記されていたのです。しかし・・・。

これが、近松門左衛門が書き下ろした「平家女護島」の名場面「鬼界ヶ島の場」です。今月の歌舞伎座・夜の部ではこの「鬼界ヶ島の場」のみの上演ですが、来月10月の国立劇場では、その前段後段を加えた通し狂言がかかります。このお話にあるように平家打倒の密議「鹿ヶ谷の陰謀」は未遂に終わり、関係者は厳しく処罰されたのでした。

この密議に加わることなく難を逃れたのが、源頼政(みなもとのよりまさ)です。後に頼政は、後白河法皇の皇子・以仁王(もちひとおう)と共謀し、清盛に反旗を翻すことに。これもまた失敗に終わるのですが、このとき全国の源氏に届けられたという以仁王の平家打倒の令旨(れいじ)が、さらに後の平家滅亡へとつながっていくのです。

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勝田台店では、清盛生誕900年の年に合わせ、10月の小さな小さな旅で仕舞「頼政」と能「鵺(ぬえ)」を拝見します。いよいよ平安時代が終焉を迎える、時代の荒波の中で生きたひとりの武将の成功と挫折にまつわる曲。観能は、武蔵屋勝田台店「小さな小さな旅10月」をご利用ください。


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by m_katsutadai | 2018-09-09 13:15 | @店長榎戸 | Comments(0)

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